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Cafe Higuchi・マスターのひとりごと

岐阜県・各務原市、自家焙煎珈琲専門店。おすすめの珈琲やCafeのイベント情報。その他最新情報、ここだけの話を紹介いたします。

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ブラジル移民100年記念硬貨が発売されました

明治41年(1908年)4月28日、ブラジル移民781名を乗せた「笠戸丸」(かさとまる)が神戸を出港し、6月18日、ブラジル、サントス港に到着しました。移民100年を記念し、記念硬貨が18日に発行されました。
記念硬貨日本_pho01

これは、財務省から発行された日本の記念硬貨です。今日、銀行へ、引き換えにいきましたら、今日はお一人様2枚まで。とのことでした。
当初、財務省はこの図柄をサントス港に建つ「日本移民ブラジル上陸記念碑」を予定して硬貨を製造したが、その銅像の製作者に了解を得ていなかったため、著作権の問題が起こり、急遽作り直すことになりました。
そのため、図柄は第1回の移民船「笠戸丸」とブラジルの国土をイメージしたものとなりました。額面は500円、480万枚発行するそうです。
移民記念硬貨ブラジル

これは、ブラジル中央銀行が発行した記念硬貨です。額面は2レアル(約120円)約1万枚発行するそうです。図柄は表が「笠戸丸」裏は「柿を収穫する女性」です。
何故、「柿を収穫する女性」?と思う方も多いでしょう。これには理由があります。日本移民は、ブラジルで、様々な野菜や果物をの栽培を試みました。そして、現在のブラジル農業の発展に大きな貢献をしました。その一つ「柿」は、ブラジル人に「カキ」と呼ばれ親しまれているからです。
水野龍2

写真はブラジル移民の父と呼ばれた「水野龍(りょう)」。ブラジル移民が始まる以前は、北米やハワイへの移民が行われていたそうです。当時の日本の農村は貧しく、農民は「豊かになる」ために移民を選んだのですが、移民会社が手数料と称して移民たちから搾取しており、夢とは反対に「借金地獄」になる人も多かったそうです。彼は、そのような移民政策に異議を覚え、「移民は国民が豊かになるべき」と移民先との「共存共栄」の理念に燃え「皇国殖民会社」を作り、ブラジル移民のために尽力しました。

第1回の移民がブラジルで移住先の農園に着いたとき、収穫時期を半ば過ぎており、また、その年は「不作」もあり、農民が手にした収入は1日1円にも満たず、1年後に農園に残った人はわずか191人だったそうです。移民の人々の願いは「お金をためて、日本に帰る」ことでしたが、移民会社の意向は、「ブラジルへの移住」でした。そこに大きなきな違いがありました。しかし、多くの日本人は勤勉さと創意工夫で、ついに「日本人は農業の神様」と呼ばれました。現在ブラジルには、150万人の日系人が暮らし、ブラジル社会を支えています。
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  1. 2008/06/19(木) 06:17:54|
  2. ブラジル移民100年記念
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